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関門橋 その3

      2014/01/11

前回、関門のクジラについて書きました。

関門海峡を通ったクジラが、広島の忠海に行き着くかは、お手許に日本地図があればお解り頂けると思いますが、そこには、「スナメリクジラの生息地」があって、そこは、水深が深く、他の外敵から子供を守るためその場所が選ばれたそうです。くじら2

 

(写真はGoogle画像検索より)

子供のクジラといえば、下関は彦島にもクジラに纏わる民話があって、「クジラの願い」というお話し。

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(写真はGoogle画像検索より)

ある漁師がクジラ漁をするため、泊まり込みで準備をしていた。深く寝入った頃、クジラの夫婦が現れる夢を見た。

内容は、

クジラの夫婦が、「明日、病気の我が子を連れて関門海峡を通るので銛を撃たないでください」。というもの。そんな夢を見ていた時、見張り番の「おーい、クジラが出たぞ」。の声に我先に飛び起きたその漁師は、一番銛を目指して思いっきりクジラに銛を撃ち込み見事に命中した。一番銛のご褒美である一番良いお肉を持って、意気揚々と自宅に帰ったところ、自分の子供が高熱を出して、もがき苦しんで死んでしまった…。丁度、漁師が銛で撃った同じ時間に…。

そんなこともあり彦島の漁師は夫婦、あるいは親子連れのクジラを捕らなくなった。と言われています。

下関は、ご存知の通りクジラとは縁が深く、よく夕飯の食卓に並びました。今では、高級料理になった感がありますが、昔は、小学校の給食の献立にもありました。堅い肉であまり好きではありませんでしたが…。

 

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(写真はGoogle画像検索より)

クジラの遠洋漁業のはるか昔、下関では、関門海峡を渡るクジラを捕獲していて、捕獲したクジラを解体した場所が、昔長府にありました。浜浦台の団地の下辺りで、旧名で「鯨場」と呼ばれていたそうです。下関とクジラのつながりを物語る話しですね。

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